「平和を祈る会」そして、それに続く、紹介サットサング、ありがとうございました。 紹介サットサングでは、母を先生に紹介させていただき、大変お世話になりました。 先生が発せられる1言1言が愛に満ち、お話を聞きながら、心にグッとくる素晴らしい会でした。
先生から、初めにSJでどんなことが行われているかのお話がありました。 その後、人生の晩年を迎えた母にとても興味のある、「どのようにして、この人生を終えていくか」というお話を、ますみ先生のお父様のお看取りエピソ-ドをまじえ、お話しくださいました。 「このお話をこの機会にしてくださるなんてラッキ-だわ、有難い!」と思いました。
それから、母が、白い光を見えるよう導いてくださいました。 母は、とても感激していました。 ご著書を拝読し、「この先生なら、セミナーに行く価値がある」とか、「非常に頭の良い方で、世界に出て色んな経験をなさって、狭い世界で判断せず、グロ-バルに物が見られる方だ」と申しておりました。 正直申しますと、「その辺の経験の浅いセラピストが心の問題を扱うのは・・・」と言う気持ちが母にはあったようです。
でも、ヒーリング界の草分け的存在のますみ先生のセミナーに行くのは賛成してくれ、セミナーから帰宅すると、「私の顔が変わっていた」とセミナー代金を母が支払ってくれるようになったのです。 そのような経緯で、以前から「ますみ先生にお会いしたい、感謝の気持ちを伝えたい」と申しておりました。
母は、紹介サットサングのお部屋に入った途端、いい所に来させて頂いたと感じたそうで、先生が、どれだけゲストを大事にしてくださっているかが、細部に渡って現れている、数々のご配慮をいただいた上、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございましたと申しておりました。
母はまた次のような感想を言っておりました。「あのような教えに若く出会えた人はラッキーよ、晩年が良くなるわよ。」「仕事もお出来になられる方だと思うが、あの可愛らしさはどこからくるの? いつもクリアーにしてご自身を保たれているからかしら?」「仏様のような、神々しいお顔。 そして摩訶不思議な白い光の世界…。 超越して生きてらっしゃる方、やはり悟っていらっしゃる方。 本当に心のある方だ」「サンガの方が感じが良くて明るいのが良いわね。 良い先生に巡り会えて本当に良かったね、頑張りなさい」と言ってくれました。
紹介サットサングから帰宅してからも、SJの話でもちきりです。 「今日は、誘ってくれてありがとう。」「今日は来てくれて、本当にありがとう。」と、お互いにハグして喜び合い、SJとの素晴らしい出会いを、母と分かち合いました。
ますみ先生の溢れる程の愛、惜しみなく大きく与えてくださった愛、そしてスタッフの方、BBの方、サンガの愛に守られていたことに感謝いたします。 翌日は母の日、グルにお会いできた事が私からの最大のプレゼントです。
サンガのご家族や近しい方にも、SJの教えが広まっていきますように!
愛と良い波動が、世界に広がっていきますように!
世界が平和でありますように…。
感謝を込めて。(T.A さん)
三国ますみ 記
この体験談を読んでいると、私もそんな先生にお会いしたい、と思ってしまいましたよ(笑)。
私はただ、心を空っぽにして、サットサング(真理の集会)の場にでむくようにしているだけです。 頭が「カラっぽ」の人を褒め、頭がよくて、自信に溢れる人を、人はどうも評価しないらしい。 空っぽになって何をしているか、といいますと、純粋な鏡となって、見る人自身を映す役割をするのです。 それが、私の仕事といえば、仕事なのですね。
ますみ先生と呼ばれる鏡に映った自分自身をみて、これだけ褒められる方はそれを見ている方がそういう方なのでしょう。 中には、紹介サットサングにプンプンしていらして、プンプン怒ってお帰りになる親御さんもいらっしゃいます。 そういう方のお子さんは、セミナーは続かない傾向があるので、頑張ってもらいたいものです。
しかしながら、そうやって頑張った甲斐あり、「あの時はすみませんでした」とお孫さんのベビーシッターにいらして、謝罪されていた親御様もいらっしゃいます。 謝罪できるのは立派な事ですね。
これは、受講生が本当に頑張った証拠でもあります。 二度も離婚した娘が、SJ研究所にきてから、立派なだんな様を見つけ、できのいいお孫さんを作ったのですからね。 子供が幸福になっていくのを見て嫌な気持ちになる親御さんは世界広し、といえど、存在しないのであります。 あなたが幸せになっていく、それが、親御さんと家族への最高の贈り物であり、世界平和への最大の貢献です。 一人が悟りを開くと、子孫7代にわたり救われるといわれます。
セミナー出席後のあなたの違いに気づく、波動の変化に敏感なお母様をお持ちになって幸せですね。 私の母は頑固な無信仰者で、「宗教に頼るのは、弱虫だ」、と強がっていたのですが、インドから来日した私のグルにだけは、何故か、会いに行ってくれました。 母は会場で倒れ、「観音様がみえた」と不思議がってグルのお写真を飾っていました。
そんな経緯もあり、SJ研究所でも、ご家族やお友達のための紹介サットサングはもっとも大事なプログラムになっています。 サンガからご招待された方だけのプログラムであり、大枚積んでも、出席できません。 その理由は、自分が救われる事を望む人から、人様が救われて行く事を手助けできる喜びを知る人に成長していただきたい、という親心なのであります。 まず、御縁の深い人から、あなたの幸せを分かち合って欲しいのです。
宇宙の力はあなた自身を通じて働きます。
宇宙がいかに働くか、本当に魔訶不思議。
すべては宇宙の大愛のなせる技。
世界が平和でありますよう!!
すべての人が、自己の本質に目覚め、生死を見極めますよう!!
先生方、皆様、いつも大変お世話になっております。 先日はセミナーとフォローアップありがとうございました。
セミナー後から徐々に、自分の中の陰鬱な部分が苦しくなり、袋小路に入ったような気分でした。 このままでは、SJからも会社からも近いうちに落ちていってしまうだろうと思い、フォローを申し込みました。
私は会社で、いくつかのプロジェクトマネージメントをしています。 しかし、オドオドする癖があり、お客様やサプライヤー、上司に「任せて大丈夫かな?」と感じさせてしまいます。 職場には引っ込み思案な人はおらず、体育会系やら、元生徒会長のような人が揃っています。 特に女性社員は男性以上にパワフル、キャリアウーマンの立派な上司・先輩、元スケバンの女性事務員など、とにかくパワフルな個性ばかり。 そんな中、私は異色の存在で、周囲とのギャップに落ち込み、居心地の悪くなることも多く、疲れていました。
しかしながら、「初めて商社マンをやる割には出来が良い」という評価をいただけたようで、今年の年収が100万円以上も上がりました。 つまり、今年はさらに上を求められているということです。 「仕事の質も高くて当然」という圧力を、周囲から感じるようになってきました。 これまでのムニャムニャ営業では務まらない状態に足を踏み入れたようで、苦しく、ますます陰鬱さが増してきていました。 「根暗を打ち破れないと、私の成長の道はここで途絶えるかも」と感じ始めました。
そのことをフォローでシェアをしました。 すると「セミナー中におっしゃっていたことと、今は正反対のことを言っていますね」と指摘されました。 セミナー中発狂しそうな気分になり、先生方から「自分の中にある情熱を出し切りたいという衝動ですね」といわれたことを思い出しました。 セミナー中は、これまでの人生で抑圧されてきた情熱が「ここから出してくれ」と、眠れないほど騒いでいるような感じだったのに、 2週間後のフォローの時には、世界に自分を存在させるのが恐ろしく、完全に内に引きこもりたい自閉的な気持ちでいたのです。 この陰鬱な気持ちが、私を苦しませている、と気づきました。
今回のフォローアップで、自分の内側で「引きこもりでない道」を作れた感触を得ることができました。 教えていただいたヨガをすると自然と呼吸が深くなり、実はたくさんの空気を体内に取り込める可能性があったことに気づき、とても嬉しかったです。 このポーズの直後は声がよく通りますし、最近では素直な私を自然に出せるようになって、快適な気分で過ごす時間が増えました。 時に、悶々として絶望的な気分になっても、「この雲もいつか無くなる、これも消えていくありがとうございます!」とマントラを唱えています。
そんな状態の時、以前通っていた占い教室の先生から電話がかかってきました。 10年来の愛弟子が占いの売上金を誤魔化していた上、余裕の微笑みを浮かべながら「先生が嫌いなんです」と捨て台詞を吐いて辞めた、とショックな出来事を打ち明けられました。 その愛弟子は、美人で霊感もあって一番人気の占い師兼ヒーラーで、とてもかわいがっていらしたのです。 先生はその愛弟子にナイフで心臓を刺されたような衝撃を感じる、と話されました。 先生は私がSJに通っていることは知っています。 そこで、SJの教えを引き合いに出しながら、先生を励ましました。 すると「そやな!なんや、あなたの声聞いたら、元気出てきたわ。ありがとう。」と言って、本当に元気な声で電話を切ってくださいました。 「SJで学んできた白い光の意識が、私を経由して昔の恩師にも伝わったのだろうか」と思うと、とても嬉しく感じられました。
2、3日後電話があり、お客さんの占い方を相談されました。 最近うつ病のようなお客さんが多いと困っていらっしゃって、「あなたの勉強している世界(SJ)から見て、教えて欲しい」と言われたので、色々お話したところ、とても納得して電話を切られました。
先生は占い師歴30年の大ベテランで、たくさんの弟子がいます。 私はたった数年間だけ占い教室の生徒だったのに、お客さんの対処方法を相談されるとは思ってもみず、大変驚きました。 深遠な教えを持つSJは、「周辺に明かりを灯す人間にサンガを育ててくれる場所」なのだと感じました。 成長の浅い段階でこのような出来事があったら、勘違いして天狗になっていたかもしれませんが、今はただSJの白い光のパワフルさに畏れ敬うばかりです。
これからも引き続きどうぞよろしくお願いいたします。(S.Rさん )
三国ますみ 記
体験談のRさんのアップ&ダウン、そして、占いの先生の裏切りも、SJサンガはご存知、ビジョン・レベルのステージに起こる典型的出来事の一例です。 ビジョン・レベルとは、SJ研究所の精神ステージモデルにおける、一段階です。 サンガにとっては復習になりますが、精神世界に入る前の一般の方にもお役に立つので、読んでいただきたく、例に使わせていただきますことをお許しください。
Rさんは、SJにて魂磨きを始め、過去世カルマ解除をするビジョン・レベルに突入し、キャリアアップに成功したのみならず、今こうして、100万円も昇給を得られるだけのエネルギーを発するようになりました。 しかしながら、ビジョン・レベルの人が注意しなければならないことをここで、指摘させていただくならば、 忘恩が受け取る能力を鈍らせてしまうということです。 この段階では、完璧主義からくるプレシャーが存在しますが、あなたが、ここまで来られた事を心から応援する人々に対する感謝の気持ちに変える事がさらなる進歩には必須です。
これまでは自信をつけることは大事でしたが、ビジョン・レベル以上の段階では、「自分の力では何も出来ない」ことを事ある毎に思い出していかねば、エゴの罠に陥ることになります。 自分の力でやろうとする事がプレッシャーになります。 神様に使っていただく、という謙虚さを常に忘れず、感謝の祈りに変え続けてください。
一方、30年来の占い師の先生は、よき師との出会いがあれば、年齢的にも次のステージに移る可能性をもつビジョン・レベルであり、これをビジョン・ステージの最終段階とする事も可能です。
ビジョン・レベルとは、科学者、芸術家、スター、社長など、その道でひとかどの人になった人々の成長ステージです。 ビジョン・レベルの人は、光り輝くオーラもでますが、落ち込んで真っ暗にもなる(笑)。 この段階では、アップとダウンが激しく、落ち込みの波も激しい。 人々から賞賛されるスターが、なぜあんな宗教家、占い師、に引っかかるのか、と世間は不思議がりますが、ダウンの時に、藁をつかんでしまう。 苦し紛れで、自分が救われんがため、自分の事しか考えられなくなり、分別心を失うからです。
そのような過去世からの重篤なカルマ(今生での学習テーマ)が出てきた時、サポートシステムを持たないスターは落ちて行きます。 一方、達人といわれる人は一つの道を歩んでいるので、目的を同じくする師、仲間のサポートを通じて天に繋がり、過去世カルマ(心の悪癖、習慣)を着々と乗り越えていくのです。こうして、山も嵐も何度も何度も越えていくと、いずれ達人になります。 まず、専門とするその道の達人、それから「道」の達人になっていきます。
普通の人は、いぶし銀のようなオーラを発する達人よりピカピカのビジョン・ステージ人の方がすごいと思うようですが、ビジョン段階では、アップ&ダウンがあり、作品にバラツキがある。 一方、達人の段階では、良い作品がいつも出来る。 少々感情的にずれても、直ぐ中心に戻って来られる。 それは、感情的にダウンサイドがカットされ、アップダウンがなくなり、いつも、ハイな状態ですが、でもこれは躁うつ病のハイとは違って、安定したハイな状態であり、不動心が学習テーマになります。 占い師の先生のように30年も一つの事に精進する努力をされた方は、よき出会いがあれば、その道の達人から、人間としての達人になることも可能だということです。 アップとダウンが、交互にやってくるステージを超えると、心は安定に向かいます。 超えるのは、生死を見きわめ、真実の自己に目覚める大飛躍と大突破が必要です。
ちなみに占い師さんのお弟子さんの方です。 ビジョン・ステージでは、激怒がでて、捨て台詞を残して去っていく人もいるでしょうが、この騙し、裏切りは、長期計画的な嘘です。 この方は、良心が痛まない、つまり、良心が殆ど機能しないところまできてしまった。 エゴはモットモナ理由らしきことを言うでしょうが、これは簡単には、道に戻れない事を意味します。 いえ、初心があったかどうか、道を志したかどうかすら非常に疑わしい。 長年嘘をついてきた人は一度許したくらいでは、直りません。 人様を指導する人が、師を裏切るようでは、占い師としての成功は、本人にとって最も怖い事です。 一から出直せねばなりません。
悪を指摘されるや否や、開き直る狐型と最後まで嘘をつづける狸型がいますが、いずれにしろ悪事は暴露され、化けの皮がはがれます。 修正されていない過去世パターンは出現せざるをえないようになっています。 でも、嘘がばれ、真理が露呈したことが、両者にとっての真理へのきっかけになり得ます。
私も、大突破後に真理に覚醒してみると、「真理を生きると、自然に嘘は落ちていく」ことがわかりました。(BAB出版 「あなたもきっと悟れる」 三国ますみ著) 真理に覚醒し、真理を生きると、周辺では、悪事がばれ、よからぬ動機で近づく人との関係は長く続かないようになります。
50歳に近づくと、若い頃求めてきたものは、20年後、30年後にも得られていないことに気づき始めます。 人生を生きる事で体験を深める事は必要ですが、自分が本当に、本当に満たされるような生き方をしてきたかどうか、お考えになってみてくださいませ。 それには、菩提心を起こし、(自分が悟り、他者をも悟りに導くような人になること)人類に貢献できるよう決意してください。 そして、真理に目覚め、不撤退、不動心へと、心を安定させていかねばなりません。
愛と平和に確立する前には、ビジョン・ステージがあり、無意識レベルのカルマ解除がいくつも起きてきます。 ビジョン・レベルとは、過去世のカルマの消去をする意識の成長段階といっていいでしょう。 SJで瞑想を続ける人は、数年でこの段階に入りますが、過去世カルマの浮上は、師とサンガのサポートで通過していきます。 何もしない普通の人でも、40代から50代,60代には、今生におけるもっとも大きなカルマが浮上してきます。 まともに努力して生きてきた方で、パワーもあれば、40代、50代、60代は指導者として、それなりの達成感も充実感も得られますが、この占いの先生のように、より大きなチャレンジもやってきます。
何故なのでしょう?
どうしてそうなっているのでしょう?
占いの先生も立派な才能をお持ちであったからこそ、30年も続けることができました。 そういう方だからこそ、可愛がって育てた弟子に裏切られるという苦境に出会うことも出来ました。 これは幸運な人生計画に従ったコースを歩かれているということです。 天は、人間の浅ましいエゴに直面させるショック療法をつかってでも、可能性のある人は、真理に目覚めさせようとします。 天は、過去世カルマを身軽にしてからでなくては、人類に役立つような大きな仕事をさせて下さいません。
苦しみは、あなたの魂が望む事をあなた(エゴ)が行っていない信号ですから、苦しみは、魂が求めているものを発見し、エゴを是正する機会です 。
つまり、エゴにとっての苦しみ、悲しみ、激怒は、真実の自己にとっては、魂の上昇へのドアを開けるチャンスなのです。 占いであれ、何であれ、一つの事を続けられるだけの立派な才能をお持ちですが、30年間も続けられてきたからこそ、人生の目的が何であるかを天は教えてくれようとしているのです。
「苦しい事がないと、覚醒できないのですか?」 とよく聞かれます。 毎回答えは違います。 今回のお答えはこうです。 自分の事しか考えないエゴ、自分の幸せしか考えないエゴ、を揺さぶらないで、どうやって魂は進化させることができるのか? 宇宙はそう考えて、この地上世界をつくり、人間が修行できるようにして下さったのです。
精神世界で、占い、ヒーリング、チャネリング、カウンセリング、心理学、瞑想、等の勉強を数年から数十年もしていると、大ベテランになってしまうものです。 確かにその分野では、知識が増えていくのですが、自分が安心立命を得られたか、といいますと、そうではないのは本人が一番良く知っています。 たとえ、精神世界の知識を得、人様にお教えする指導者であっても、自分自身は、感情的に動揺を繰り返し、満たされていない状態です。 それどころか、普通の人より、感情のアップダウンは激しくなります。
20代初期には老師につかれていたのですが、その後、自分で瞑想を続けた仏教学者がおられました。 学問的には大きな成果を挙げられましたが、70歳になっても瞑想中に大突破が得られず長い事、苦しまれました。 この方は、死の直前に大突破されましたが、この段階にきた人々には、裏切り、三角関係の葛藤など、どうしようもない大きな過去世カルマが準備されている事があります。これも大突破をもたらすための天の計画です。過去のカルマを清算し、身軽にしてから、神様のご計画に参画させてくれるのです。 この後開運され、道は平坦となり、力を発揮させていただけるようになります。これが、人間としての究極の成功を得ることです。
若い時は自分のことでいっぱいですが、せめて、ある年齢に達したら、自分の利益だけという仕事から、有益な仕事が出来るようになりたいものです。 そのためには、若い頃から、スピリチュアルな成長を求めることです。
普通の人は、天国へ(白い光の世界)いくような徳を積むようなチャンスはありません。 愛する事もできないまま、愛される事ばかり求めてきました。普通の人は、愛といっても、すぐ憎しみや、嫉妬にかわるような愛しか持ち合わせていません。 私たちは皆、人を害してでも自分の幸せを求めてきました。 人に裏切られた事のない人はいないでしょう。 ということは、裏切った事がない人もいない、ということです。 被害者と加害者を繰り返す、地球はそういう世界です。 そういう世界に何を求めて生まれてきたのですか? ちょっとばかりの快楽をすする為に、生まれてきたのですか? そうではないはずです。これをよくよく熟慮していただきたいと思います。
愛する人に裏切られたら、これは天国への入り口です。
地獄からの解放の始まりです。
地獄の始まりにしてはいけません。
でも、その、どちらにするかは、あなたにかかっています。
天国も地獄も場所ではありません。あなたの意識の状態です。
天国とは、なんでしょうか?
友人、同僚、家族、師、そして、神、仏等の聖なるものへの献身愛、人の喜びを我が喜びにできる事、エゴに打ち勝とうとする道徳的努力、人類救済のために菩提心を起こす事、人類の平和を祈る事、そして真に有益な仕事に関わろうとする事、そのような純粋なる想いを持つ時の意識状態です。 これをした事がない人は天国に行ったこともなければ、死後にも行く事はないでしょう。
傲慢は裏切り、地獄の入り口です。
傲慢から救ってくれるもの、それは地球がもたらしてくれる他者のエゴ地獄。
ショックと苦しみは、地獄からの出口にして下さい。 そうする事で、あなたを裏切った人々すら救済に導く事ができるようになるのです。
すべての人が苦しみから解放されますよう!!
苦しみからの解放のチャンスがきたら、それと、認識できますよう!!
苦しみからの解放のチャンスと見たら、それを掴まえられますよう!!
世界が平和でありますよう!!
初めてのセミナーから1年が経ち、色々な体験を通じて沢山の気づきと癒しを得ることができました。 感謝と愛、穏やかな幸福感を日常でも心から感じられるようになり、白い光に包まれる素晴らしい体験がありました。 でも、この1年を改めて振り返ると、その素晴らしい体験以上に、私にとっては大きな奇跡が起きていました。
結婚生活では苦しむことも多く、何とか自分を変えようとしても、いつものパターンに戻ってしまい、「何回やってみても、どれだけ時間をかけても、私は一生変われないのかもしれない。 私が私である限り幸せにはなれない。」と絶望したこともありました。 でも、セミナーで「自分が自分だと思っているものは、あなたではなくエゴです。」と聞いたとき、本当に救われました。 「私も苦しみから抜け出せるかもしれない。」と希望が見えました。 セミナーに通い続けて自分を許せるようになっていくと、周囲のことも簡単に許せるようになりました。 人から何か言われても、素直に耳を傾け、自分を省みる材料にできるようになりました。
そのような変化が始まると、大きな二つの奇跡が起きました。 結婚前から確執のあったお姑さんとも和解でき、微笑み合える日を迎えることができたのです。 そして、両親とも今までとは何か違う関係に変わり初め、素直に気持ちを伝えられるようになりました。 これは、私にとって本当に奇跡です。 主人とは結果的に離婚することになってしまいましたが、これもそれぞれの道なのだなと、前向きに感謝で受け止めています。
先日の紹介サットサングでは、元主人を紹介させていただき有難うございました。 以前からお会いしたがっていたので、大変喜んでおりました。 その姿を見て、私も恩返しができたようで嬉しくなりました。 本当に先生方、スタッフの方々、BBの方々、サンガの皆さんのお陰です。 振り返るとこんなにも成長させていただいたのだと感謝しています。 有難うございました。(K.Yさん サンガ会員)
三国ますみ 記
「水の上を歩く方法・マニュアル」には書いてあります。 「右の足が沈まないうちに左の足を出しなさい。左の足が沈まないうちに右足をだしなさい」ふーん、なるほど!! 私も水の上を歩ける!! でも水の上を歩けるでしょうか?
覚醒の教えは、禅では「不立文字」といい、老師から直伝されねば得られないものなのです。 でも、そう言い切ってしまうと、 マインドが寂しいでしょうから、 文明の利器を使って、このようにインターネットで御託を並べております。 はい(笑)。
自分でできない。それでは何が必要なのでしょうか?
メルビン・モース博士は臨死体験者の変革をまとめました。
1. 死の恐怖が減る
臨死体験者は普通の人に比較し、半分の恐れしかありません。宗教を信じる人々、ニューエイジ哲学の信奉者、精神世界の人々、スピリチュアルを自認する人の「死の恐れ」は普通人と変わりません。
2. サイキック能力の増加
臨死体験者は、普通人や精神病者に比較し、4倍のサイキック能力(直感力)が見られた。 自称、霊能者、超能力者と比較すると、2倍のサイキック能力が見られました。
3. 生きがいと熱意の増加
臨死体験者は自称、ワーコホリック(仕事中毒)だったが、人を踏みつけにする攻撃的Aタイプの人々ではなく、仕事、趣味、ヴォランティアー活動等を精力的に楽しむ人生を送っていた。
4. 高い知性
知性を数値化することは難しいかったが、パテントをいくつも取得した人、いくらでも書き続けられる作家など創造的な人が非常に多かった。
この研究で、「臨死体験者は長期的な人格変化をする」事がわかりました。「臨死体験者はハッピーな人々です。 普通の人より、よく身体を動かし、新鮮な野菜や果実を多くとり、アスピリンや痛み止めなどの薬を使わない生活を好む。臨死体験者は頭脳自体が変わる変革を体験する。 一方、ニューエイジや宗教への改宗は、単なる文化的な変革であり、頭脳の変革には至らない。」
なるほど!! それでは「馬鹿は死ななきゃ直らない」と云うのは本当なのでしょうか? 臨死体験をしなければ変われないのでしょうか?
答えは「臨死体験の何が、変革を引き起こすか?」にあります。
モース博士は続けます。「私の推測によると、臨死体験が引き起こす電磁波は、閉鎖された回路を消去する。 臨死体験者からはノイローゼ的要素が消えてしまうからである。 臨死体験前後では、みかけは変わらずとも、電磁波波動の構成は昔とまったく変わってしまっているのである。しかし、臨死体験者の中でも、体外離脱体験だけの人は、ほとんど変革はない」のです。
答えはある臨死体験者の少女の言葉にあります。『全てのいいものが、あの光の中にあるのよ』と。 博士は続けます。「変革が起こるのは、臨死体験者の中でも、トンネルの向こう側の白い光を見た人だけである。臨死体験の変革は光を見ることにある。体外離脱を体験しても、光の体験を伴わなければ、普通、変革は起こらない。光を体験すれば、変革がおこった。変革パワーは光にある。それが私たちの調査の結果だ」
さて、ここが肝心なのですが、科学者が臨死体験研究により発見した事実を古代から聖賢・瞑想者は知っていました。 そこで、本当の変革を求める人は、師を求めたのです。 五井昌久師はいいます。「白光とは、純潔無碍成るすみ清まった光、人間の高い境地から発する光である」と。
リードビーター師はいいます。
「阿羅漢(アーハット)すなわち、第四イニシエーションを経過した方の場合、そのコーザル体の色彩は二つの特徴がある。 そのコーザル体の大きさは肉体の幾層倍にも達し、最高の知恵と愛と献身、篤き大いなる同情心、そしていと高き霊性が発達している様はみるからに荘厳である。
色帯は同心円状に広がり、その中心より白色の光がいくつもの同心円を貫き、その外へ放射している。彼は今や神の生命力の殆ど完全なる経路となり、かくて彼を通じて外へほとばしり出る聖なる影響力は、巨大なまでに強大となる。 栄光は白い光となって、彼より放射するだけでなく、彼の周りには虹のようにあらゆる色彩が真珠貝のように絶えず変化しながら光を放っている。
この放射には、彼に近づいてくる人の最良の美徳を強化する不思議な力があり、彼の影響力の範囲内に入る人は、その徳を受けずにはいられない。 彼は周りの全ての人々の上に太陽のように輝く。 その発光体とともに、彼はすでにロゴス(神智学の云う神)の化身となったのである。」
変革パワーは白い光を浴びる事にあったのです。 光には様々な色がありますが、全てのスペクトラムを含むのは、白い光(7色すべてが含まれる色)です。
白い光こそ、神様の光!!
変革パワーを持つのは、神様の白い光だったのです。
SJ研究所は、白い光を放射する人々の集団です。 その光の中に入り、白い光を見る頃、自分自身が周りにも変革の光を放射する人になるのです。
人間と地球の「平和への変革」は、一人の人間の力ではできません。
それは、神様の白い光が行っているのです。
神の光を求め、神の光を放射する人々の集団がさらに大きくなる事で、地球は変革するのです。
私達が地球変革の媒体になれますよう!!
全ての人が奇跡を体験しますよう!!
世界が平和でありますよう!!
8月セミナーも大変お世話になり、本当に有難うございました。 私は、13年程前に父を交通事故で亡くしております。 昨年のお盆企画では、写真嫌いだった父の遺影を持ってくることができませんでした。でも今年はセミナーのお盆企画の1週間前に、実家で1枚だけ横顔のものを見つけることができました。父は大手仏教教団の信者で、「お酒さえ飲まなければいい人なのに…」といわれる人でした。
父は亡くなってから、夢に出てくるようになりました。 なぜか泥にはまってアップアップしており、私が必死で引き上げようとするのですが、引っ張り上げられず目が覚めてしまう夢をよく見ました。 しかし、写真を見つけた後のセミナー直前のある夜のことでした。 父が久しぶりに夢にでてきました。 その姿は、とてもおしゃれをして、にっこりと嬉しそうに笑いかけていたのです。 今思い出しても涙が出てしまうほど、嬉しい夢でした。
また、8月セミナーでは、映画「ゴースト」の鑑賞会があり、主人公と似た体験があったことを思い出しました。 それは、夫が亡くなって1週間後でした。 眠れず電気をつけたままベッドで横になって窓側を向いてぼーっとしていた時です。カーテンの目線のところだけ、つまんで揺らしてるように動いたのです。 「気のせいかな?」とじっと見ました。 窓もあいていませんし、不自然に一部分だけ揺らされています。「主人かな」と思いつつも気のせいだと思っていました。
その次は七七日の法要後から最初の月命日の事です。お友達から「命日だけじゃなくて、お盆やお正月、そして毎月の月命日に仏さんが帰ってくるんだよ。」と聞いていたので、「ほんとに帰ってきているのかな〜。」とふと思い、リビングで主人に声を出して話しかけました。「Tくん、帰ってきてる?」と訊ねました。 その瞬間、リビングのパソコンが「ヴィーン!!」と音をたてて画面がついたので、びっくりしました。 でも、同時に、「返事をしてくれた!」と、とても嬉しくなりました。 パソコンは前の晩に使っていました。 本電源は切っていませんでしたが、セーブがかかって画面の電源が切れていました。 通常は、マウスを動かさないと立ち上がらないはずですし、その時私はPCから3メートル近く離れていました。 あきらかになんらかの作用があったと思います。 この時、「あのカーテンの揺れも気のせいじゃなく、やはり『ここにいるよ』と揺らしたのだ。」と思いました。
その後、主人の事が気になり、いわゆる「霊能者・霊媒師」という方に複数みてもらいました。 霊能者の皆さんに共通していわれたのが、「僕は死んでないんだよ。見えないだけでこっちにいるよ。」と私に伝えたいとのことでした。 上記の二つの体験はそのアプローチだった思いました。
医師に余命を伝えられながらも、受け入れられなかった当時の私は、主人と「死後の」約束もできませんでした。 しかし、彼は世間一般でいうリアリストで宗教嫌いでしたから、死んでから見た世界に驚いて私に伝えたかったのかもしれません。 嘆き悲しむ私に「死んでないのだ」と、伝えてあげたいと思ったのでしょう。
父と夫との体験は、亡くなった縁者と繋がってると実感した嬉しい出来事でした。 今年はお陰様で本当によいお盆が迎えられ清々しいです。 久しぶりに主人の母や妹家族と会えるのも楽しみです。 幸せな事に、主人の家族とは実の家族のようにして頂いてます。 全てに感謝です。
昨年5月に恐々とヒーリングセミナーに参加して1年。 このような日がくるとは、想像もしておりませんでした。 本当に、本当にありがとうございました。
事業のほうも、ご紹介でお二人でご一緒に見えるお客様が多くなり、来週はお店にベッドを1台増やすなど、プチ改装をすることになりました。 これからも、しっかりサダナと仕事をつづけますので、何卒よろしくお願い申し上げます。 心から深い感謝をこめて。(O.Yさん 1年コミット受講)
覚醒セミナーをありがとうございました。 未熟な私ですので、まだまだパートナーの白い光すら確認できてはおりませんが、非常に実りのある3日間になりました。
5月のセミナーが終わってから、今まで1回も思っていなかった「覚醒」にでてみたいという思いを実現させていただきありがとうございました。 「覚醒」に出てよいレベルかは別として、本当に参加させていただけてよかったです。
「意識」と「思考」の質問をさせていただき、自分の中でも「覚醒」したい自分がちゃんといることも分かりました。
鑑賞会での「マトリックス」も凄かったです。 多分4〜5回目なんですけど、今まで、何を見てきたのかという感じでした。 まさに!!! ウォシャウスキー兄弟恐るべし。 初めてマトリックス理解できたかも!!! でした。
セミナー内ではお声も、何度もかけていただき、本当に私が(当然私だけのことではないのですが)直面していること、進んでいく道すがらにあること、何を目指さなければならないかを分かりやすく導いていただき、本当に感謝しております。 本当に愛をすべての人に与えていけるようになりたいと強く思っております。
帰りの道すがらも、彼女がSJに縁付けしていただき、その縁で私までも参加させていただいており、そのめぐり合わせや、少ながらずも私さえも成長させていただけていることに感謝以外の言葉が見つからず、車の中で彼女と大泣きしてしまいました。(笑)
今日も色々、お言葉をいただいた中で、ダニエル先生の『私達はあなたがたの一部であり 私達は、あなたがたの一部なのです。』と言っていただいたことが本当に嬉しく、ハートが震え、感謝感謝感謝感謝・・・しか表現できません。
彼女と二人これからも本当に本当に末永くよろしくお願いいたします。
最後になりましたが、スタッフ・BBの皆様サンガの皆様。 いつも感謝しております。 皆様がいていただけることで本当にどれだけ助けられていることか。
すべての皆様にI love you.
そして、これからは、私と関わる人にも、愛がつながっていくことを願ってやみませんし、努力していくつもりです。
世界が平和でありますように。 私が関わる全ての人に愛が伝わりますように。(I.Yさん 8月覚醒セミナー受講)
ダニエル先生、ますみ先生、スタッフ、BB、サンガの皆さん8月セミナー有難うございました。 5月セミナー後『平和ボケしている場合じゃありませんよ』とばかりに、チャレンジを頂き、日頃のマントラ、瞑想、ジャーナリングの大切さ、瞑想会、フォローアップの有難さを身にしみて体験しました。
今回は、「感情の層を一つずつ堀さげていく」プロセスの時、貴重な気付きを頂きました。 他人は、自分が気付いていない自分自身の姿を見せてくれる鏡。私自身を許していないから、それを受け入れられなかったのだと理解しました。 自分のエゴを理解し受け入れられたら、人を理解する事が出来、人を判断する事もないんだと。 そして思考のバトンタッチを繰り返していた事、頭の理解ではハートが硬く、愛も平和も感じられなかった事を再確認しました。
セミナー中仕事で外泊した際、SJに意識を合わせていたらマインドが止まり、仕事も電車の乗り継ぎもスムーズでした。 そして会場に戻り、『ただいま!』『お帰りなさい!』と皆様と言葉を交わすと、暖かい我が家に戻った様な至福感もありました。
今回、家族の問題がでてきましたが、妹がSJで学べる様に導いて頂き、弟がBBのM先生にフォローアップして頂けた事にとても感謝しております。 自分の心も、カルマに流される人も、外の世界と戦かわず『これも消えていくありがとうございます』と今ここ意識でマントラで消していく。 『全ての人の心が平和であります様に』と心静かに祈る事。 本当に貴重な教えを頂いた事を改めて感じました。
また、自分の内側に意識を向けていたつもりが、問題探しを始めマインドが忙しくなった時、大切なサンガからポエムを頂き感謝です。
「鏡に思考を映したら万華鏡になった
万華鏡を回してるのは誰?覗いてるのは誰?
万華鏡を回す手を止めて…万華鏡を覗くのを止めて…今・ここに戻る
ありがとうございます」
ダニエル先生、ますみ先生、本当に有難うございます。 人生の目的が『自分自身の成長』だと深く理解出来た事、そしてここまで導いて頂いた感謝を周りの人に少しでも多くお返ししていきたいと思いました。 今後とも末永くよろしくお願いします。
追伸
1年前に3回セミナーに参加した息子も、素晴らしいご縁を得て丁稚奉公にいきましたが、あれからあっという間に半年が経ちました。 最初、先方から「これからの5年間、私に伝えられる最高の教育をさせていただきます。 ただ、初めの半年は休日はなし、生活できる最低限のお給料ですが、お母様よろしいですか?」と聞かれました。 わたし達にとってはこれ以上有難い奉公先はないと、本当に有難く、息子もやる気いっぱいでしたので、すぐにお世話になることになりました。 当初のお話の通り1日の休みもありませんでしたが、息子は、予想以上に毎日を楽しんでいる様子です。 息子は「職場のお掃除の方や事務のおばさん達の愚痴聞き係をしてるんだよ。」と笑っていたのですが、上司はそのスタッフとの関係もとても大切にしている方で、そんな息子の姿をみて、「お休みはあげられないけど、ヨーロッパで勉強してきなさい。」と、先月もフランスの美術館に勉強に出して頂いたのです。 『君の今の感性が五年経った時どう変わったかが、君の成長だよ!毎日レポートを書きなさい』と上司に言われたそうです。 息子は、『よく考えたらこれってSJじゃん(笑)。 でもこんな経験をさせてもらえて俺は日本一果報者の丁稚だね』と言っていました。(O.Nさん 8月ベーシック・覚醒セミナー受講)
8月のセミナーをありがとうございました。 今回のセミナーも大変充実していました。 セミナーには、毎回テーマのようなものがあると感じますが、今回のテーマは「愛」だったように思います。2日目の午前中の瞑想時に、とても強い慈しみの感情と共に胸骨の辺りに強烈な感覚(うまく表現できませんが「ぶぁーっ」と何かが起きているのを強く感じました。)があり、「今回のテーマは『愛』なんだな」と 感じました。
また、今回のセミナーの中での大きな気づきは、サレンダーの大切さでした。 セミナー中のヨガで、あるポーズをしている最中に、ポーズを自分の意思で取ろうと力を入れていることに気づいた瞬間がありました。 なぜかその時「そうか、大切なのはサレンダーだ!」と思い、そう思った瞬間に力が抜け、同時に自分の中にあった恐れが軽くなったと感じました。 そしてこの時から、自分の中に最近できてきた、「幹」のようなものがより太くなったと感じています。
この「幹」について少し説明させていただきますと、揺るがない自分の中心のようなものです。 悟り意識というのとも少し違うような気がします。 実は、私には昔からある脅迫観念があり、この強迫観念が私をこの道に導いたといっても過言ではないとすら言えます。
私が学生の頃、天安門事件が起きました。この事件の際、 天安門広場で抗議のために横たわっていた学生達の何人かは、自らの信念のために、鎮圧のためにやってきた戦車を前にしてそのまま横たわり続け、戦車に轢かれて亡くなったと聞きました。
これを聞いた時に私が強烈に思ったことは、「もし、自分が同じ場面に遭遇した時、果たして戦車に轢かれて死ぬことができるだろうか?」 ということでした。 もちろん応えは「No」でしたが、そのことが自分の中ではとても大きな引っ掛かりでした。 この引っ掛かりは実は、もっとずっと以前からあり、「迫害や拷問を受けても、自分は自分の主義主張を曲げないでいることができるか?」ということは、自分の中の大きなテーマでした。
17歳の時に8日間の断食を したのも、20年近くに渡り、座禅をし続けたのもこの強迫観念があったからだと思います。 また、セミナーに最初に参加したときに、「私が欲しいのは『Integrity』です。 どうしたら『Integrity』を手に入れることができるか教えてください。」と先生方に申し上げたのを憶えていますが、こう申し上げた理由も、この強迫観念 からでした。 それがSJに通ううち、自分の中に「幹」ができ、ちょっとやそっとでは自分の信念を曲げないでいることができるという自信ができてきましたし、今回のセミナーのヨガでの気づき以降、更にそれが太くなったと感じましています。 (天安門で戦車に轢かれることができるかどうかは疑問ですが・笑)
毎回毎回、SJは 、それまで得ようと大変な努力をしても得られなかったことを、簡単に手に入れさせてくれると感じます。 自分が周りの代表としてここに来させてもらっている以上、更に成長し、その恩恵を周りにお返しすることが義務だと、いつもながら思います。
また、「幹」ができると同時に体に「センター」のようなものができたと感じます。(これを「センター」と呼んで良いかどうかは確信が持てませんが、明らかに姿勢が変わり、自分の「幹」の部分は、その姿勢(自分を貫いている中心?から来るという印象があります。)座禅をする際の姿勢も、ずっと自分の中では大きな謎でしたが、「センター」のようなものができて以来、本に書いてあることがごく自然にできるようになりました。 (禅の本には「結跏趺坐し、腰を突っ立てて背筋を伸ばし、上半身の力を抜いて、息をほとんどしているかしていないかというくらい微細に出し入れする。」と軽く書いてありますが、どうやってもどこかに力が入り、本の通りにできませんでした。)
最近になって理解できるようになったのは、人間の体と心は密接に結びついていて、心が変わると自然とそれは肉体に顕れるし、心が変わらないまま、どんなに姿勢だけを正しくしようとしても、どこかに無理が生じて、その姿勢を維持することはできないということです。 禅の本には「座相 (座っている姿)を見ればその人の境地がわかる」と書いてありますが、多分本当にそうなんだろうなと今頃になって納得しています。 SJって本当にすごいですね。
このような場を提供して下さっている先生方、スタッフ、BB会、サンガの皆さんに、いつもながら感謝申し上げます。 このような稀有な場を提供してくださって、本当にありがとうございます。 また、最後になりましたが、今年も盆踊りの会を企画していただきましてありがとうございます。家内もきっと存分に楽しんだことと思います。 本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。(A.Mさん ベーシックセミナー1年コミット中)
三国ますみ 記:自他共に苦しめるマインド・コントロールから自由であれ
遠藤周作と云う作家の「沈黙」という本があります。江戸時代のキリシタンである主人公は、踏み絵を踏めずに自己の信仰を裏切ります。 大学生の時「私も同じ立場だったら踏めないだろうな」と、大いに主人公の弱さに、共感し、同情したものです。
今は考え方が違ってきました。今は、「政府の政策に洗脳されて、死にたくない」と思います。 私は右でも左でもありません。どちらの洗脳からも自由でありたいのは、どちらにも平和がない事を知っているからです。平和は一人一人の心にしかありません。
でも、高い理想、普遍的価値観のために生き・死ぬ事、権力欲にマインド・コントロールされる事は違います。 例えば、明治維新の志士、そして、第二次世界大戦中の神風特攻隊。 彼らは、マインド・コントロールされたのでしょうか? はい、マインド・コントロールされています。 総ての人が、例外なく、自分自身にマインドにコントロールされています。 でも、マインド・コントロールは立派なリーダーがすれば、「教育」となりえます。無私の喜びを知っている人、マインド・コントロールから自由であろうとした人が少数ながら存在しましたし、現在でも少数ながら存在します。
明治維新の志士達、そして神風特攻隊のリーダーの中には、そういう人々がいました。 後者には、本気で、「八紘一宇」を信じた人々がいました。「八紘一宇」とは大東亜戦争の基本哲学で、「天皇陛下の下で総ての民族は平等だ」と云う思想です。 略奪のための、単なる大義名分だという左翼の議論はともかく、戦後アジアに独立の嵐が吹き荒れます。 西洋帝国主義者の搾取から政治的・経済的自由のために立ち上がったアジアの人々の中には、日本が植民地にならずに、西洋帝国主義の列国と戦った事を尊敬の目で見る人々もいるのです。
そのようなアジア人のリーダー達は、戦後日本を悲劇から救済しようとしました。 東京裁判で、インド人のパル判事は「アメリカからハル・ノートのようなものを突きつけられたら、ルクセンブルグやモナコのような小国だって、アメリカと戦うであろう」と日本の戦犯に全員無罪判決を出しました。
また、日本が北朝鮮と韓国と同じように、北はソ連、南はアメリカに引き裂かれようとするところを反対したのがスリランカの総理大臣でした。これは日本人全員が知り感謝していい事実ですが、それというのも、日本人の祖先がインドが植民地から解放されるきっかけを結果的に作っていたからではないでしょう。
このような結果を見ると、日本人の中に、本気で「八紘一宇」を信じた人々がいたのだ、と思いたいのです。 同盟国ドイツは、「日本もユダヤ人を排斥しろ」と再三日本に圧力にかけましたが、「ユダヤ人を排斥するのは八紘一宇の国是にそぐわない」と日本政府は拒否しました。 ユダヤ人の作った原爆が広島、長崎で、人体実験されてしまいましたが、格好いい事も日本政府はやってくれていたのですね。
またユダヤ人6000人がヨーロッパ、満州、敦賀、神戸、上海へとガス室から逃亡できたのは、日本人外交官、杉原千畝のような人がいたからです。彼は外務省から解雇覚悟で、人道主義を貫き、ユダヤ人にビザを与えました。 これらは、八紘一宇を本気で信じていた日本人の存在を示すものではないでしょうか? この人たちは右でも左でもありません。ただ、同志(杉原氏の場合は妻)に支えられながら、自分の信じる正義を決行したのです。 「正しい事をすることが、究極的には、自分の幸福」、と知っていた人だったのです。
明治の志士や神風特攻隊と、アラブのテロリストとの違いは何でしょうか?
あるいは、カルト宗教や右翼、左翼に洗脳された人との違いは何でしょうか?
特攻隊とテロリストとの違いは、特攻隊は戦士と戦ったのであり、観光客などの無差別殺人を無慈悲に行ったわけではありません。 敵の軍艦に爆弾を抱えて飛び込んだのは、誰かが憎くて腹いせに殺したのではありません。 愛する人々のため、愛する郷土を守るために死ぬ事が彼らの価値であり、美学だったのです。もし彼らが、「あなたは犬死だったのだよ」と左翼にいわれてもこの人々は、後悔する人は決していないでしょう。 彼らは自分の幸福を知っています。信じる価値のために生き、死んだ事を心から満足しています。 見送る人々がオロオロする中、覚悟をきめた特攻隊の顔は生き生きしていたといいます。 彼らの最期の言葉から伝わる爽やかさをおすそ分けしてもらいましょう。
1. 隣の室では、酒を飲んで騒いでいるが、それもまたよし。
俺は死するまで、静かな気持ちでいたい
2.人間は死するまで精進すべきだ
ましてや大和魂を代表する我々は特攻隊である
その名に恥じない行動を最後まで堅持したい
3.俺は自己の人生は、人間が歩み得る
もっとも美しい道の一つを歩んできたと信じている
4.今限りなく美しい祖国に、わが清き生命を捧げえることに、
大きな誇りと喜びを感じる
5.ただ、ただ、ご両親のご健康を祈るのみ。
お父様のご病気(何でも壊す短気病)は今後御つつしみ下されたく、
御母上の御心痛察するにあまりあり。
6.出撃の朝、散歩に行くような、小学校の頃遠足に行くような気持ちなり。
0300朝飯。すしを食った。後三時間か、4時間で死ぬとは思えぬ。
皆元気なり。
一方、カルト宗教や、政治思想に洗脳された後者は、どうでしょうか?
共産主義は人道的、と信じながら、同胞、同志に裏切られ、粛清された数は戦争の比ではありません。 まして、カルト宗教者においては、自分が死にたくないために、人を殺し、その責任をリーダーに押しつけ、洗脳されたと主張します。そこには、罪悪感、後悔、恨み・辛みがあります。自分が人生の選択者である事への責任がありません。 生も死も暗いのです。
最近想います。「徳川幕府がキリスト教を禁じたのは正解だったかもしれない」と。 私は天草四郎のファンです。 天草四郎は、人々に信じる事を教えました。それは素晴らしい事でした。でも、多くの人を戦わせる事になったのも事実。天草四郎はカトリック教皇が援軍を送ってくれることを期待し、島原の乱を起こし、城に篭ったようですが、(篭るのは、援軍の可能性があるからこそでしょう)カトリック教皇は、援軍を送りませんでした。
もし援軍がきていたら、日本はどうなっていたでしょうか? 死者の数は膨大になり、日本は、西洋列強の植民地と化していたでしょう。 そうすれば、日本が、大東亜戦争を引き起こす事もなく、戦後アジアの独立国が生まれる事もなかったでしょう。(大東亜戦争が良かった、悪かった、と云う議論ではありません、念のため)
徳川時代は、一応の平和が300年続きました。 これは歴史上、稀有なことでした。 秀吉の時代以降、日本は海外に侵略していませんが、江戸の末期、日本国の植民地化を避けるために、明治維新がおこります。これは歴史上稀有な無血革命といっていいでしょう。 革命が起きれば、多くの人の首が飛びます。 ソ連の粛清は2000万人、中国の文化革命は1000万人の首が飛びました。 徳川家側にも、尊皇攘夷側にも、無血革命のために、自己の生死を賭けた人々が存在したのです。
大義のために命を捧げたいものですが、大義のために犬死したくないのもまた人間です。 信仰のため、信念のため、正義のために生き、死ねるのは幸運ですが、時の政府の都合のために、死ぬのは納得いきません。 理想的な政治的リーダーはそうそう、現れません。 時の政府の政策は不変的真理に属しているものではなく、その時々の権謀術策であることが多いのです。
信じる事のために死ねることは立派な事です。でも、死なない決意もあるでしょう。 例えば、禅者だったらこういうかもしれません。「葛藤を作っているのはマインドだ。踏み絵は、葛藤をつくるための紙切れに過ぎない」と。また、こういう人もいるかもしれません。「キリストを信じるが、死にたくないから、踏み絵をふもう。そのかわり、生きて人の役立つ事をさせていただこう」と。
人生は解釈次第です。 踏み絵を踏めなかった事を理由に、自分を卑下し続けて何もしない人生こそ、死んだ人生です。
平和のために戦い、殺す事は無意味な事です。一時的に平和がきても、また戦争は起きるからです。 殺されないために、殺す事も無駄です。 いずれ、必ず殺されます。 平和のために殺戮し、信仰のために殺戮しても、平和が来るわけでも、信仰が強まるわけでもありません。 でも、殺すか殺されるかのジレンマが与えられ、二者択一を迫られる情況に生まれる人もいます。現在もそのような情況は続いています。そのような環境にうまれたら、どうするか、どんな選択があるか? 愛からの選択は何か? 恐れからの選択は何か?
そのような情況に生まれなかった幸運をかみ締めたいものです。いえ、もしかしたら、そのような厳しい選択を経たからこそ、現在の幸運があるのかもしれません。 今の日本に生まれた私達を幸運と思える人は幸運な人です。 自分の霊性を高め、世界平和を祈りながら、平和に暮らすことができると感謝できる人は幸運です。 なぜなら、この平和に感謝できない人がいます。「戦争か、何か、興奮する面白い事がおきればいい」という退屈な人がいます。失う事を恐れる貪欲があります。 生きる実感がない人、歓び・美を感じられない人、無意味感、虚無感を感じる人がいます。
このような最高の環境に生まれたチャンスを真理発見に使う事を決して見逃しては成りません。 このような環境に生まれなかった人々のために世界平和を祈る事しかできませんが、私は、想念パワーを信じています。
自分の小さな幸せを求める事、それはOKです。でも、大きなことのために生きられるこの環境に生まれた幸運をもっと大事にしたいものです。生きる意味を発見し、その意味に従って生きることこそ大事です。信じる事のために、死ねるのは立派です。 でも、私達の課題は「信じる事のために、どれだけ生き切れるか?」それこそが今の私達にとっては問題です。 どの様に生きれば、より大きな社会のために役立つか? 今こそ、その視点が大事です。 その視点から、解釈し、生きる事ができれば、その生は聖なるものになります。意味あるものになります。それが人類のエゴイズムの犠牲になった人々への最高の賛美歌でしょう。
立派な祖先のおかげで、現在があり、世界中の人類進化に貢献する人々の恩恵を私達が受けている事を忘れてはなりません。 「広島をわすれるな」は「パールハーバーを忘れるな」と同じ意味ではありません。 前者には復讐への誓いはなく、平和を祈る心が感じられます。 日本には平和を祈ることを毎日の修行にしている人々がいます。私達はそのような人々の恩恵で平和を享受しています。
私達は右翼でも左翼でもありません。帝国主義にも、共産主義にも右にも左にも、総ての主義(イズム)には平和はありません。 普遍的価値ではありませんから、どちらにも洗脳されてはなりません。右も左も歴史の流れの一こまに過ぎません。感情に繰られ、右も左も憎みたくありません。 右であれ、左であれ、自分より大きいもののために、無私の心で社会貢献した人への賛美を忘れたくありません。
私達の言う平和は江戸時代の平和でもありません。 潜在意識と無意識に怒り・憎しみがある限り、(そして、総ての人の心にそれはあるのですが、)真実の平和は、決して、決して、やってきません。 私達は自分と他者を苦しめるマインド・コントロールを自分の心から、解除する事を志しています。 脱洗脳の方法はあるのでしょうか? そして、あるとしたら、それは何でしょうか?
結論だけ言いましょう。白い光を受けながらの瞑想、そして、祈りです。それ以外に人々の憎しみ・怒りを取る方法、平和をもたらす方法があったら教えてください。 いまだに多くの人の願いにもかかわらず、平和はありません。それは平和を願いながら、自分の心の憎しみ・怒りはてつかず、そのままだからです。 そこで、私達はこの唯一の平和への方法・手段に従う事にしました。
「平和のために何か自分もできる事を」と模索している人がいたら、同志になってください。 自分の心の暗がり(怒り・憎しみ・嫉妬・貪欲など、恐れから来る心)を平和の祈りに転換することを毎日の行にしましょう。 自分の憎しみの感情にマインド・コントロールされないよう、自分の否定的思考を平和の祈りの中に流していくのです。 これを一人一人が実践することだけが、崩れる事のない世界平和への道です。
この生を意味あるものにできますよう!!
世界が平和でありますよう!!
世界平和の祈りが拡がりますよう!!
ありがとうございます。
11月セミナーをありがとうございました。 リーダーシップへの観念を変えることができ、「お役に立ちたい」と思っていたところ、まもなくたくさんのお仕事の話をいただくようになりました。 忙しくて毎日睡眠時間が4時間くらいですが、体調が不安定だったのが不思議なくらい元気です。
現在、表参道ヒルズの有名レストランや、青山のブティック等のお花創作、内閣府の秘書のお話等々、次々と大きなお仕事のオファーがきていて本当に有難いです。 その中でももちろんチャレンジの連続ですが、こうしてがんばれるのも本当に先生方、皆様のお陰です。 そしてよいタイミングで1年コミットすることができて本当に感謝しております。 SJで学んだことをテーマに作品を作ろうと思っています! ありがとうございました。 (サンガ会員 T.Aさん 1年コミット中)
三国ますみ 記
瞑想をしていると、身体は元気になります。 人間ならだれでも潜在的なノイローゼがありますが、それが瞑想により、種の内に燃えてしまうからです。 人のお役に立ちたいと思うようになるからです。 元気、才能、お金、地位的にも、瞑想者は、総てを与えられるようになりますが、それは自分の幸せのためだけでなく、地球の平和に貢献するためです。
身体が弱くてお仕事ができなかったお嬢様のあなたが、活躍しているのは、大変嬉しいことです。報告有難う。
↑このページのトップへ戻る↑初セミナーではお世話になりました。 期待していた通り、素晴らしい3日間でした。 申込みをした当初は、否定的感情に圧倒され、苦しい時でした。また初めてのセミナーということもあり、正直不安でした。 自分の弱点が暴かれるのではと、怖かったのです。 ところが、セミナー2週間ほど前から、そういった感情が楽になり、セミナー後はもっと楽になりました。 ますみ先生の「どんな小さな努力も報われる」という言葉が印象に残りました。 そして何より、両先生に直接間近でお会いできたことが幸せです。 時間がたつにつれ、「先生方の存在が有難い」という気持ちが強くなっています。 大きな変化は特に感じていませんが、時々わけもなく嬉しい気持ちがこみ上げて、一人仕事をしながら頬がゆるんでしまいます。 長年続いてきた孤独、妬み、怒り等の辛い感情も薄らいでいます。 一時的だとは思いますが、久しぶりに安らぎ、感謝の気持ちです。 両親を許すという課題も根本的に解決したいです。 今後もよろしくお願いします。(O.Hさん 初参加・一般会員)
三国ますみ 記
自分の心の状態に気付ける、これがスピリチュアルな成長には大切。 嬉しい気持ちがこみあげる、これが大きな変革でなくて何? これは否定的なエネルギーから、幸せエネルギーへと一時的ではありますが、大幅アップした証拠です。 こうしてエネルギーは長期的には、上がったり下がったりしながら螺旋を描いて、確実にアップしていきますから、着実な足取りで歩み続けてください。
総ての奇跡はエネルギーがアップすることが原因です。 その結果、人がよってきたり、昇進があったり、お金が入ってきたり、病気がなおったり、と「おいしそうな」現象がおきるのです。そのようが現象を「大きな変化」と思われるでしょうが、それは、単なるエネルギー上昇の結果に過ぎません。 このような「よい現象」が幸せをもたらすのではありません。 だからこそ、奇跡的結果を求める事より、その原因となるエネルギーの上昇が大事なのです。エネルギー上昇こそ幸せへのプロセスなのです。
幸せも成功も、総てはエネルギーがアップすることの必然的な結果です。でも、残念ながら、落ち込んでいる人は自分でエネルギーを上げられません。高い波動に共鳴できるようになるまで、あなたを引っ張り上げる高いエネルギーを持つ「波動の場」と関わってください。
変革が困難な理由は以下です。
1.私達は自分の意識レベルからしか世界を見る事ができません。
2.エゴ(マインド)は、真実か、嘘かを見極められません。
マインドで考えても分かりませんが、身体は自分のエネルギーを高めてくれるものか、低めるものを知っています。 エネルギーの高低に捉われすぎるのは「判断」ですが、何が自分のエネルギーをアップするかを探求して御覧なさい。
このTV番組は? このコマーシャルは? この政治家の顔は? この本をよむと上がるか、下がるか? 自分のエネルギーを感じてください。 嘘は、エネルギー・レベルを低くし、真理はエネルギーを高くします。
エネルギーを高くするものと関わり続けてください。 そして、人生の目的を達成して下さい。 「呼ばれる者は多い、選ばれる者は少ない」と云うバイブルの言葉があります。 「呼ばれる者は多いが、人生の目的を達成しようと決める人は少ない」、と言い換えられます。 エゴを超えて前進し続けましょう。あなたに心からの歓迎の気持ちをお伝えします。
総ての人が苦しみから解放されますよう!!
総ての人が愛と平和を達成しますよう!!
本当に、本当に凄い11月セミナーでした。 初日から白い光でいっぱいで、ほとんどずっと白い光の中にいる感じでした。帰りにサンガ(受講生)とも話していましたが、毎回セミナーがパワーアップしていて、そのうちどうなってしまうんだろうという感じです。 こういうセミナーを提供していただいていることにただただ、感謝です。
今回の大きなシフトは、ハートチャクラが開いたことでした。 ベーシックセミナーでのアイコンタクトの2人目の時、胸骨のあたりにざわついた感じがあって、そこから愛が溢れ、相手と一体になるのを感じました。 この相手に溶けていくような感覚は本当に至福でした。 これまでも、アイコンタクトをすると「気持ち良い」という感覚はありましたが、相手に対する判断もなく一体になる至福感は初めてでした。 その後のセミナー中も、ハートチャクラがほとんど開いている感じで、至福感に満たされていました。
また、「いつ死ぬかわからないから、信心決定を急ぐ必要がある」という先生のお言葉はとても印象に残りました。 禅では、「自己を明らめるは焦眉の急務(自分が誰かを知ることは、眉が焦げているときにそれを消さなければならないときと同じぐらい急いでしなければならないことであるという意)」という言葉がありますが、日常生活ではついつい、まだまだ自分は死ぬことはないと考えてしまいます。 今、死んでも良いかと問われれば、まだまだ成長の必要があるから死ぬわけに行かないと答えざるを得ませんが、そうであるならなおさら、毎瞬毎瞬をごまかさずに真剣に生きる必要があると思いました。 もし、今日死ぬとしたら、今日一日が悔いのない一日だったと言えるか? もし、今死ぬとしたら、その前の瞬間が悔いのないものだったと言えるか? 一瞬一瞬が勝負なんだと思います。 今一度、このことを胸に刻みつけて、毎日を生きたいと思います。
いつも思いますが、SJは甘くないですね。 隠れているエゴを炙り出して、グリグリと突付いてくる辛口なところが大好きです(笑)。 この甘くないところが、私が徹底的にSJを信頼する所以です。 十分に表現することが難しいですが、本当にこういう場を提供していただいていることに心から感謝いたします。 いつも申し上げていますが、この場に出会えて、私は、生きる望みを得、今生きています。ありがとうございます。(A.Mさん 1年コミット中)
三国ますみ 記
親鸞の「信心決定(しんじんけつじょう)」という言葉は私達が生まれてきた目的を表しています。
「生きる目的を知らずに100年生きるより、人生の目的に向かって一日生きる方がはるかに優れている」と釈尊はいいます。 無目的人生は苦しむために生きるようなもの。 一方、人生の到着地点を知って歩めば、苦しみを乗り越え、いつかそこに到達します。 目的を知っていれば、人生を無駄にし、人生に裏切られる事はありません。人生の目的は何でしょうか?
それは、「真実の自己」に覚醒し、絶対幸福を得ること。 不変の幸福を得ること。 「生まれてよかった、生きててよかった、ありがとう」と不変の幸福に感謝する日を迎える事です。 これを親鸞は信心決定といいました。
仏教の最深遠なる教えは、『空』です。 お釈迦様のように、『空』に確立する事は困難ですが、 私達にも出来る事があります。 総ての苦しみは、カルマが消えていく現象であるから、「ありがとう」の祈り心で、捉われないよう流していく事です。 これなら、白い光の世界にたどり着き、その後に『空』に確立『仏』になる事ができるというわけです。
「直ぐ崩れてしまうような幸福ではなく、絶対幸福にたどり着くために、波動を上げていこう」、そうすれば、「短期的目的だけでなく、長期的な人生の目的も達成できる」というのが、SJの教えであり、一時のヒーリングではなく、人生の苦しみの根本治療です。