自分が起きているのか夢を見ているのかわからなくなり、この世の中の出来事は、自分のマインドが創り上げている幻想であると感じられました。 頭が真っ白になり、人の話している言葉が理解できません。このころ、以前に書いた論文が最優秀新人賞を受賞したのですが、もはや自分の才能を世に知らしめたいという願望は消えていました。
そんなある日、ポストモダン的なガラス張りの建築物の中を歩いていると、ふと「自分がいる今は、いったいいつなのだろう。いったいどこなのだろう」という疑問がでてきました。
あっ、そうか! 私という存在は、大いなる宇宙の一部のちっぽけな存在なのではない。 私が宇宙そのものなのだ。 宇宙すべてが私なのだ。 はじまりも終わりもない。 光も闇もない。 すべては一つ。宇宙にちりばめられた無数の星たちは、私の体の細胞核の一つ一つの輝き。 すべては我が内から生まれ、我が内に帰る。 拡大するもの縮小するもの、生まれるもの消えるもの、あらゆるものがメビウスの輪のようにつながり、無限に循環している。 そのとき、生まれる前から追い求めてきた問いに答えが出たようで、懐かしい気がしました。 何百冊という本を読んで胃潰瘍になっても手の届かなかった「永遠の現在」「非時間」「非存在」という哲学的命題が、論理的思考ではなく、直感的に理解できました。
ラーマナ・マハリシは16歳の時に偶然覚醒し、電車賃だけで家出。アルナチャラ山のふもとでサマディー状態で、赤ちゃんのようにスプーンで食べさせてもらいました。 浮浪者まがいの覚醒者はインドにはかなりいたらしく、路上で倒れている覚醒者を、お風呂に入れてあげ、食べさせてあげる救済に立ち上がったのが、20世紀前半にインドに現れたメレババでした。 ダニエルも日本で、やけに眼光のするどい路上生活者(ホームレス)にあった事があるそうです。 日本にもサマーディ【三昧】状態の人が精神病院や路上にいるかもしれません。
あなたの場合もかなり激しい体験で、食べられないこともあったようですね。私のインド人のグルの周りには、このような体験後に出家し、スワミになった方が多いようでしたが、その後20年、30年と修行をし、本物になったなと感じる方は、4人ぐらいいらっしゃいました。
自分が誰であるかをしったら、全てが自分であることを垣間見た後は、その体験をどのように生きるか、が人生の課題の全てになります。これを知ったら、人生を何に捧げなくてはならないかが、わかったのですから、ただまっすぐに最終目的に向かって進んでください。そして何があろうとも、瞑想を続けてください。